日本でも最近聞くようになってきた修理する権利。
アメリカでは、連邦取引委員会(FTC)が2021年5月に「修理制限に関する報告書」を提出1、7月にバイデン大統領が署名した競争促進令には修理制限に対する調査・規制が盛り込まれ、FTCは「独占禁止法と消費者保護法に基づいて『修理する権利』を回復する」という声明を出した2。本書「修理する権利」の原著は2022年発刊で、その原稿を提出したのはFTC報告書公開の数週間前だったらしい(エピローグより)。
修理という行為は市民の権利
修理したいという衝動は人類の起源より刻まれている普遍的な行為であり、何人たりとも修理という権利を犯すことはできない。というのが大前提にあった上で、
- 消費者の金銭的負担増加
- 買い替え頻度の上昇による、環境負荷の増加
- 修理コミュニティから起こるイノベーションの阻害
- 自由で公正な競争市場形成の妨げ
などを、修理制限による悪影響として挙げる。
修理を制限することが我々の生活を脅かす可能性もある事例として、コロナ禍で医療機器の修理が滞り、医療行為に制限された件を挙げる。
修理制限とは
いくつかの事例を挙げながら、法律や市場形成の面から、修理の制限について掘り下げていく。特に槍玉に挙げられるのが、Appleとディア。修理する権利は「スマホを修理する権利」が特に議論されてきたため、Appleに対してはあらゆる面から批判される。
具体的には、以下のような行為が、修理を制限している。
- 一体成形や接着剤により、分解に何かしらの破壊が必要
- 特殊な器具を使わないと分解できない機構
- 独占的・閉鎖的な修理業者認証システム
- (有償の)補償プログラムにて、修理業者が指定されている
- 認証された修理ツール以外を利用すると、本体プログラムの起動に何かしらの制約を課す
ディアは専用のソフトウェアで自社製品である農業機械の制御するが、そのソフトウェアは認定ディーラーにしか提供されていない。正規ディーラーの数が十分でないため修理が間に合わないことがあり、また非常に費用が高い。購入者の間にはハッキングツールが出回っている始末3。ディアはAI化でソフトウェアのロックをさらに厳しくしたが、最近FTCに訴えられた模様4。
修理を規制する法的論理
メーカー側は知的財産法を盾に、修理を規制する。
- 著作権: 創作物に対する独占権を与え、創作意欲を促進するよう設計されて権利。これまでいくつかのメーカーが、製品マニュアルに対する著作権を主張し法廷で争った。マニュアルは概ね「著作権の保護の範囲外」とされるが、中には訴訟コストを考え和解する修理業者もいる。
- 実用特許: 著作権と同様に、発明者の労力と引き換えに市場独占権を与える。知財の消尽ルール5に従い、修理は特許侵害の主張からは切り離されている。一方で「再構築」については、特許の侵害とされる場合もある。修理と再構築の境界は非常に曖昧。
- 意匠特許: デザイナーの美的貢献に権利を与える。製品の部分的なパーツに対して意匠特許が認められた場合に、その特許権の侵害を防ぐ目的で、メーカーが非純正品の利用を制限することがある。
- 営業秘密: 貴重な機密情報の不正な取得と使用を禁じる権利。メーカーは、消費者かサードパーティに修理情報を公開するのは、営業秘密の漏洩だと主張する。
修理規制に対抗する法的論理
知的財産法と緩い緊張関係にあるのが反トラスト法及び消費者法である。
知的財産権と同様に反トラスト法も、市場での競争を規制するためのツールだ。だが、独占的な知的財産権が市場の通常の競争力から企業を保護するツールであるのに対し、反トラスト法は、競合他社と一般市民の両方に対して、企業が行使できる市場支配力の制限を目的に設計されている。
第1章 はじめに
以下の行為を反トラスト法で防ぐ
- 抱き合わせ販売: 抱き合わせの取り決めは競争を違法に妨げる恐れがある。製品やサービスの販売時に、修理業者や修理部品を指定することは、反トラスト法では違法という主張が成り立つ可能性がある
- 取引拒絶: 市場支配力を持つ企業が競合他社との取引を拒絶すれば、反トラスト法の対象となる。独立形修理サービスの業者の部品やサービスの取引を打ち切るのは、取引拒絶と言える
- 排他的取引: 取引拒絶と同様に、排他的関係も反トラスト法の対象となる可能性がある。修理部品・サービスを提供する業者に、競合他社に同じ部品・サービスを提供しないよう要求する、あるいはサプライヤーに指定した修理部品・サービス以外と取引しないように要求するケースが該当する6。
- 略奪的な製品設計: 設計プロセスに対して、企業の独占を強化するような介入は、競合他社を締め出す行為として違法とすべき、という主張。純正ソフトウェアによる初期化なしに部品交換ができないのは、略奪的な設計と言える。
修理のインセンティブ
どうすれば修理制限をやめさせることができるか。
反トラスト法や消費者法の適用だけで充分ではない。修理を可能にし、推進することに焦点を絞った法律が必要である。例えば、アメリカでは法律で禁止されていない計画的陳腐化7は、これを明確に禁止するフランスのアモン法が参考になるだろう。
市場を変えるのも必要だ。修理に補助金を出すのも一案だが、iFixitのRepairabilityスコアのような「修理しやすさ指標」の表示義務を課すのも一案だろう。
最近の話
冒頭で紹介したFTCの声明に対してメーカーは反発していたようだが8、修理する権利は徐々に法的にも市場的にも認められ始めている。
本書はiFixit CEOなどの修理権運動の中心人物らに推薦され、こうした大きな影響を与えた。EUでは「修理する権利」法案(通称R2R)発表(2023年3月)、政治合意に達した(2024年2月)9。アメリカでは、FTCが監視を強化するだけでなく、週単位で修理の権利に関する法律が成立・施行されている。
Nixing the Fix: An FTC Report to Congress on Repair Restrictions | Federal Trade Commission ↩︎
Deere must face FTC’s antitrust lawsuit over repair costs, US judge rules | Reuters ↩︎
知的財産権者が正規に販売した製品や複製物については、その後の譲渡や使用に対して、権利を主張できなくなる。つまり、一度売ったら、その後の転売や使用には口出しできないというルール ↩︎
例えばAmazonでApple製品を扱うにあたり、Apple正規代理店以外をマーケットプレイスから排除したのは、排他的取引に該当すると指摘する。> Amazon Is Kicking All Unauthorized Apple Refurbishers Off Amazon Marketplace ↩︎
企業が製品の魅力を意図的に短く設定・演出することで、消費者に早期の買い替えを促す戦略 ↩︎
EU、消費者の「修理する権利」を新たに導入する指令案で政治合意(EU) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ ↩︎