知財に関する考え方を、法体系と事例を照らし合わせながら学べる本。近年のデジタルコンテンツや生成AIに関する論点も抑えられており、とても面白かった。
生成AIと著作権
生成AI、つまり機械学習における基本的なとなる考え方は、まず、以下のように「開発・学習段階」と「生成・利用段階」にわける。学習に関しては、著作権の公正な利用という観点から、基本的には無断学習には問題がない。正確には、必要な範囲内で「著作物に表現された思想・感情の享受を目的としない利用」が可能となっている。

AIと著作権についての基本的な考え方1

技術開発・実用化試験のためや情報解析のためなど、その必要と認められる範囲で「著作物に表現された思想・感情の享受を目的としない利用」を可能とする規定である。
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ここで気になるのは、「享受」という聞きなれない言葉だろう。… 文化庁によると、「享受」とは「著作物の視聴等を通じて、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為」を指すようだ。一般的に、AI学習の際、そこで処理されている著作物を人間が「享受」の対象とすることはない。
第1章 生成AIが揺さぶる「知財」の在り方 (p48)
享受するかどうか、という解釈が鍵を握る。
「日本の著作権法は、情報解析のための著作物の利用を認めている。ただし、条件はある。著作物で表現された思想や感情の『享受』を目的としない利用であることだ。具体的に言えば、ある特定の作品やキャラクターの出力を目的に学習をさせたなら、学習自体も著作権侵害になる」
生成AIのの利用が著作権を侵害しているかどうかの判断基準は、1. 著作物性 2. 依拠性 3. 類似性 の3つとなる。(p52)
- 著作物性: 思想・感情を創作的に表現したもの
- 依拠性: 他人の著作物にアクセスして、それを参照・利用して自己の著作物を捜索したこと
- 類似性: 他人の著作物の「表現上の本質的な特徴」を直接監督できること
依拠性はかなり主観的であり、機械学習モデルの重みから確率的に出力されたデータが著作物を参照あるは利用しているかは解釈がかなり難しい。類似性については、これまでの判例は必ずしも似ている=類似性を認める、ということにはなっていない。一例として、画風はアイディアであり保護の対象ではない。
生成AIに関する知財の議論を難しくしているのは、その技術的進歩のスピードだろう。これまではクリエーターの創作時間、あるいはデジタル技術の進歩に対して、相応の対価を支払う仕組みを議論してきた。しかし高性能なマルチモーダル基盤モデルの登場により、素人でもいとも簡単にハイレベルな創作活動ができるようになっている。クリエーターを守る仕組み、法整備が全く追い付いていないことを著者は指摘している。
その他面白かったメモ
仕事上、生成AIに関連するメモをまとめたが、他に個人的に面白かった論点
- 商標は創作物ではなく選択物という考え方があり、自分で使用するフレーズを商標として出願することは全く問題ない。一方「みんなのもの」と考えられるものが出願された時は感情的な反発を招き、炎上してきた。みんなのものかどうかは特許庁の審査官も慎重に判断されているが、2021年の「ゆっくり茶番劇」騒動などを見るに、インターネットを情報ソースとして参照する知見がなかったと思われる。近年は改善されつつある。
- 声優の読み上げたセリフは「著作隣接権」で保護される。あるいは音声生成ソフトのビジネス展開する場合には、パブリシティ権も主張できるかもしれない。ただ生成された声が声優とどこまで似ているかの線引きは難しく、一方で生成AIによる「そっくりな声」は簡単に手に入り始めており、声優の保護体系の整備が必要である。

著作権の体系(p44)

著作隣接権(p128)
- カドケシ2やキッコーマン3などは知財ミックス戦略により、多面的な保護を図っている。知財ミックス戦略はいずれかの権利の存続期間が満了しても、他の権利でデメリットを軽減する効果もある。ただ特許権、意匠権は存続期間があるのに対し4、商標は半永久的に更新が可能であり、最後の頼みは商標権である。ちなみに、(立体)商標に関しては「識別力」を求められいきなりの権利化はハードルが高いが、その範囲は徐々に広がっている。
- 特許は3年の不実施、利用関係の協議不可、公共の利益の3つの場合において、裁定を請求することが可能である。理研から独立した高橋政代氏がiPS細胞を使った網膜細胞移植の研究を継続するにあたり、職務発明である特許利用の協議が不調に終わり、経済産業大臣に対して公共の利益のための通常実施権設定の裁定を求めた(2021年)。去年和解が成立している5。なお日本でこの裁定がなされたことは一度もない
- 植物に関しては、種苗法にて、品種登録された種苗、収穫物、一定の各法品の生産・販売などを独占できる育成者権が設定されている。シャインマスカットは品種登録されているが初期に育成者権を取得していなかったため、海外産のシャインマスカットが大量に出回る結果となった。なお品種登録は品種名称であるため商標登録の対象から除外されている。ちなみに「あまおう」は商標登録されており、品種名称は「福岡S6号」。
- 仮想空間における著作物は通常は保護の対象とはならない。2023年の不正競争防止法改正により、メタバースなどの仮想空間における商品形態も規定の保護を受けられるようになった。ただ保護対象の期間は3年と心許なく、意匠権の拡大解釈が必要だろうと主張している
著者が開設しているずんずん知財ちゃんねるは黒歴史と書かれているが(p136)、11/3に本書の宣伝動画が上げられている。
令和6年度著作権セミナー「AIと著作権Ⅱ」配布資料p9より > 令和6年度著作権セミナー「AIと著作権Ⅱ」のアーカイブ配信を開始しました | 文化庁 ↩︎
「いつでも新鮮® しぼりたて生しょうゆ」の知的財産権(知財権ミックス)による保護 | キッコーマングループ 企業情報サイト ↩︎
特許権は出願日から20年、意匠権は登録日から25年 ↩︎
