コンピューターやITの導入は急速だったのに、労働生産性などの統計にはほとんど反映されなかった、という技術進歩と生産性のギャップを、ソローのパラドックス、という。経済学者、Robert Solowのの以下の1987年の言葉から
You can see the computer age everywhere but in the productivity statistics.
コンピューター時代は至る所に見えるが、生産性統計には見えない
WikipediaによるとNew York Timesに寄せられた書評の言葉らしい1。
1970〜80年代、企業は急速にコンピューターを導入していたが、統計値として目に見える形では労働生産性はほとんど上昇していなかった。そのギャップを指摘したのがSolow氏で、Productivity Paradox(生産性パラドックス)とも呼ばれる。90年代後半になると、ITによる生産性向上が実際に観測され始め、いくつかの研究グループによってソローのパラドックスが分析された2。
- ITだけでは意味がない、組織改革、人材教育、製造プロセスの再設計が必要(IT投資不足説、補完的投資説)
- 既存の統計がIT化を捉えられていなかった(統計不備仮説)
- ITは企業構造を変えるが、それには長い時間が必要(効果発現ラグ仮説)
実際はパラドックスではなく、IT化というイノベーションに対する過剰な期待と、IT化による新しい経済価値を経済統計に反映されるのに時間がかかる、という組み合わせからくる、いち経済現象の1つ、と解釈するのが多数派とのこと。
最近、データセンターをはじめとする生成AIに関連する過剰投資について、このソローのパラドックスが引用されている。基盤モデルの性能向上ペースは指数関数的であるが、実社会の生産性向上に対するインパクトは等価ではない。あるいは、生産性向上が見える統計データは少ない。WSJは、業務ワークフローへの生成AI活用のペースが遅い点を指摘している。
高性能なAIツールではなく、そのAIツールを率先して活用し啓蒙する「AIスペシャリスト」の存在が鍵を握る。その点では、AIの最高責任者を設置する、という最近の事例も、理にかなっているのかもしれない。
